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【国分町(こくぶんちょう)】
国分町(こくぶんちょう)は、仙台市の中心部にあり、歓楽街としても有名です。
この国分町は、陸奥国分寺の門前にあった町の人達が戦国時代に仙台に
集団移転したものとされています。
当初は、城下の中心から奥州街道沿いに細長く北に伸びる町で、大町と
ともに商業中心の街として栄えました。
江戸時代から、宿泊施設も集まり栄えた町も、明治維新の戊辰戦争による
官軍の仙台城入城により国分町に遊郭開業の要請があったとされています。
また、戊辰戦争の敗北により没落士族の娘が遊郭に売られる悲劇ともとれる
場面もあったようです。
その後、軍隊が駐留する都市となり、若い男性が極端に増える中、軍の秩序
維持のためにもこのような施設が必要とされたものといわれています。
昭和16年(1941年)に芭蕉の辻付近に日本銀行仙台支店が開業し、周辺は
金融街・オフィス街としても発達しました。 国分町は、東北最大の歓楽街として
飲食店・スナック・バー・風俗店などが集まり、バブル最盛期には一晩に3万
5千人の集客もされたといわれます。
また、仙台牛タン、炉端焼き、レゲエバンチなどは国分町発祥のものとして
知られています。
【勾当台公園(こうとうだいこうえん)】
勾当台公園(こうとうだいこうえん)は、近くに宮城県庁や仙台市役所などが
ある仙台市中心部にある都市公園です。
「勾当台」の名称は、伊達政宗が寵愛した盲目の狂歌師・
花村勾当の屋敷があったことに由来するものです。
定禅寺通りなどとともに仙台市中心部におけるイベントの
開催地になることが多くマスコミ媒体にも取り上げられる
仙台市の重要な集客施設の一つにもなっています。
主な祭り
★仙台・青葉まつり(推定動員;80万人/2日間延べ)
★ハイウェイコミュニケーションin東北[11](5万人/2日間延べ)
東北地方各地の祭りとグルメが一堂に会するイベント。
★みちのくYOSAKOIまつり(推定動員;70万人/2日間延べ)
【定禅寺通り(じょうぜんじどおり)】
定禅寺通りは、仙台市で開催される都市イベントの会場
ともなる「杜の都・仙台」を象徴する並木道の一つです。
ケヤキ並木は中央分離帯にも植えられ、遊歩道も整備
されています。
仙台市中心部の市街地でもあり、道路標識や信号機が葉に隠れないように
枝は刈られております。
勾当台公園から仙台市民会館にかけてケヤキ並木は、中央分離帯に2列、
両側の歩道に2列、合計4列からなっており、冬の季節以外は天井の高い
緑のアーケードのようになっています。
また、年末のSENDAI光のページェントの期間は華麗な光のトンネルのような
状態になります。
この景観の素晴らしさは、訪れる人に感動を与え、その美しさから日本の道
100選にも選ばれています。
名前の由来は、江戸時代から沿道にあった「定禅寺」にちなむものです。
主な催事
5月;仙台青葉まつり 8月;仙台七夕祭り 9月;定禅寺ストリートジャズ
フェスティバル 10月;みちのくYOSAKOIまつり 12月;SENDAI光の
ページェント
【芭蕉の辻(ばしょうのつじ)】

芭蕉の辻(ばしょうのつじ)は江戸時代に仙台の城下町の
中心となった十字路で、城下町の町割の基点とされる
場所です。
当時は、辻(街頭)に制札が掲げられていたため
「札の辻」と呼ばれていました
現在は宮城県の道路元標があります。
名前の由来は諸説あり、定かでありませんが、松尾芭蕉とは関係ありません。 |